先日、畑違いの場に、一人で足を踏み入れてきました。
兵庫県中小企業家同友会の、青年部の例会です。独立のきっかけをくれた知人に誘ってもらい、ゲストとして参加しました。(同友会は、中小企業の経営者が集まって学び合う団体です。全国に組織があり、営業でも政治でもなく、経営者を育て合う場という色が濃いのが特徴です)
こういう縁は、狙って取りにいったものではありません。以前、計画的偶発性理論について書いた記事でも触れましたが、キャリアも縁も、たいていは緻密な計画ではなく、遭遇した偶然をその都度選び取ることで転がっていくんですよね。今回の誘いも、そんな一つでした。
僕はAIとWebのエンジニアで、去年の秋に独立したばかりです。まわりは、従業員を抱える経営者ばかり。「AIで武装した一人のつくり手」を名乗る僕は、正直、少し場違いでした。それでも、この日の報告が面白くて、気づけば前のめりで聞いていました。
111年、変えないという凄み
報告者は、老祥記の四代目、曹祐仁さんでした。神戸・南京町で、豚まんを111年つくり続けている老舗です。(大正4年、1915年の創業)豚まん発祥の店、と言えば伝わる人もいるかもしれません。
報告の中身は、「なぜ稼ぐ力があるのか」でした。でも、話を聞いていて一番印象に残ったのは、稼ぎ方そのものより、その裏側にある頑固さの方でした。
単一の商品に特化する。単一の拠点に特化する。多店舗展開もしない。ネット通販もやらない。調味料は醤油だけ。初代から受け継いだ麹を、今も大切に培養して使い続ける。要するに、やらないことを、はっきり決めているんですよね。
その上で、曹さんはこう言っていました。価値を作り、守り続け、対価をいただく。そのために大切にしているのが、味と、人だと。
味は、変えない。人は、守る。「人を守るから、ブランドを守れる」という言葉が、静かに刺さりました。
「声には、全部返す」
もう一つ、曹さんが挙げていた実践がありました。
お客様の声は、徹底的に聞く。SNSに届いた口コミには、全部返す。
言葉にすると、シンプルです。でも、やり続けるのは難しい。曹さん自身も、「昨日できたことを今日も同じようにやり続けるのが、一番難しい」と話していました。変わらない味を毎日出すことも、届いた声に毎回返すことも、地味で、終わりがなくて、褒められにくい。それでも続けている、と。
僕はこの「全部返す」を、いい話だなと思って聞いていました。思っていただけでした。まさかその原則を、翌日、自分が受け取る側で確かめることになるとは、その時は考えてもいませんでした。
検証するつもりのなかった検証
例会のあと、僕はその日に名刺交換をした方々へ、一人ずつお礼のメールを送りました。相手の事業に触れながら、会場で感じたことを、正直に書いたつもりです。
そして、真っ先に返信をいただいたのが、曹さんでした。
ここで、あえて人数や割合は書きません。送ってから丸一日経った今、返信がなかった方々にも、予定や体調や、そもそもメールが届いていない可能性まで、事情は無数にあるはずです。そこを僕は、評価の対象にしていません。評価したいのは、返さなかった人ではなく、返した人が体現したものの方だからです。
冷静に考えると、曹さんは、最も返信を省略しても許される立場でした。報告者は、その日の主役です。参加者の一人に過ぎない、ましてはこの日ゲストとして参加し、それまでに面識すらなかった僕に、真っ先に返す義理はどこにもない。それでも、返ってきた。
これは、僕が「本当に全部返すのかな」と試したわけではありません。試そうとすらしていなかった。なのに、報告で語られた原則が、一通のメールで勝手に証明されてしまった。
検証しようとしていない場所で、検証が起きた。 だからこそ、僕はこれを信じられました。仕掛けた実験は、どこかで結論に都合よく寄ってしまう。でもこれは、誰も仕掛けていない。ただ、日々の習慣がそのまま出ただけです。
「変えない」の凄みが宿っていたのは、味や製法だけじゃなかった。一通の返信の速さと、その粒度にまで、同じ根が通っていた。ブランドの一貫性というのは、案外こういう地味なところに正直に出るんだな、と思いました。
じゃあ、自分の言行一致は何か
ここまで書いて、矛先が自分に向きました。曹さんが「声には全部返す」を体現しているなら、僕の言行一致は、いったい何なのか。
考えて、一つに行き着きました。 「正直に検証する」 です。
今の僕には、お客様と呼べる人はほとんどいません。SNSに口コミが届くわけでもない。ジャーナルも、基本は一方通行の発信です。返す相手すら、まだ多くはいない。
それでも、できることがあります。自分が検証したことを、正直に発信する。作ったコンテンツを、正直にリリースする。オフラインで誰かに会えば、それを正直に伝える。この三つを、うまくいった時もそうでない時も、選り好みせずに続けること。それが、今の僕にできる言行一致なんだと思います。
曹さんとは、軸が違います。あちらは「応答の粒度」で、こちらは「発信の誠実さ」。でも、構造は同じです。語った原則を、誰も見ていない静かな場所で、日々こっそり生きているかどうか。 そこだけは、業種も規模も関係ない。
これは、自分の看板に掲げた行動原則の、ちょうど真ん中でもあります。好奇心で作る、正直に検証する、圧倒的な成果を出す。その真ん中の一語を、顧客もいない静かな時期に、どれだけ地味に守れるか。曹さんの一通は、それを思い出させてくれました。
最後は、豚まんを買いに帰る
改めて、曹さんのスピーチには、これまでの事業の中で築き上げてきた想いが強く僕にも届いたなと感じています。
そして、偉そうに言行一致を語っておいて、自分が何もしないのでは、それこそ言行不一致です。
曹さんへの返信には、「近いうちに必ずお店に伺います」と書きました。書いた以上は、行きます。
お盆休みに帰省する前に、また近々老祥記の豚まんを買って帰ろうかなと思います。
FAQ
中小企業家同友会って、何ですか?
中小企業の経営者本人が集まって、経営や生き方を学び合う団体です。全国組織があり、営業や政治のための団体ではなく、経営者を育てる場という色が濃いのが特徴です。今回は、独立のきっかけをくれた知人の紹介で、ゲストとして例会に参加しました。
この記事は、返信をくれなかった人を批判しているのですか?
まったく違います。返信がなかった方々には、予定・体調・不達など、事情が無数にあるはずで、そこは評価の対象にしていません。この記事が書きたかったのは、「返した人が体現したもの」の方だけです。人数や割合をあえて書かなかったのも、比較の話に読まれたくなかったからです。
「正直に検証する」を、具体的にどうやっているんですか?
自分が試したことを、うまくいったかどうかに関わらず正直にジャーナルに書く。作ったものを、完璧でなくてもリリースする。人に会えば、盛らずにそのまま伝える。この三つを続けることです。顧客やフィードバックがまだ少ない時期でも、発信の誠実さは自分一人で守れる、というのが今の実感です。
なぜ、老舗の話がAIエンジニアの学びになるんですか?
「やらないことを決める」「変えないことを貫く」「語った原則を地味に守る」といった軸は、業種や技術に関係なく効くからです。むしろ、AIで何でも速くできる時代だからこそ、何を変えないかを決めている人の強さが、より際立って見えました。
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