教えるのが上手い人は何が違うのか — 塾講師4年で見えた「つまずき」とAI時代の教える力

★ 0
🎧 この記事を音声で聴く(10:52)

「この人、頭はいいんだろうけど、何言ってるかよくわからない」

学生時代や新人時代、こういう先生や先輩に出会ったこと、ありませんか。逆に「この人の説明だとスッと入ってくる」という人もいて、両者の違いって不思議ですよね。知識量の差ではない。むしろ、めちゃくちゃ詳しい人ほど説明が下手、という場面すらあります。

さらにもうひとつ、別の軸の「上手さ」もあります。説明の順序はそこまで整っていないのに、「この人になら聞ける」「この人だと不思議とわかった気がする」 と感じさせる先生や先輩。同じ内容を別の人から聞いても入ってこないのに、その人から聞くと入ってくる。これは「説明の構造」とは違う、もうひとつの才能ですよね。

教えるのが上手い人には、どうやら「中間ステップを丁寧に埋める力」と「今この人に何をどれだけ言っていいかを読む力」の2つがありそうだ、と最近思うようになりました。

僕は独立する前、4年間ほど個別指導塾の講師をしていました。中高生に数学を中心に教える仕事です。当時から「教えるのが上手い人と下手な人は何が違うんだろう」と考えていて、最近になってAIでリサーチしてみると、前者にはちゃんと心理学的な名前がついていることを知りました。

知識の呪い(Curse of Knowledge) と呼ばれる認知バイアスです。

今回は、まずこの現象をリサーチで押さえつつ、塾講師時代に見えていた「生徒のつまずき方」、そしてAI時代に「教える力」の2軸がそれぞれどう変わるのかまで、順に書いてみます。


塾で見えていた「つまずきの3段階」

塾講師時代、生徒が問題につまずくパターンは、ざっくり3段階に分かれていました。

1. 概念や公式そのものが腹落ちしていない(なぜこの式が成立するのかが曖昧)
2. 公式は覚えている(でも、どの場面で使うかの判断がつかない)
3. 解き方を見れば理解できる(でも、自分で一から手順を組み立てられない)

面白いのは、3つ目が一番厄介だった、ということです。「わかる」と「できる」の間には深い溝があって、本人も「わかってるつもり」なので、どこでつまずいているかを特定するのが難しい。

当時の僕は、生徒に「今、何を考えて、その答えを書いた?」と聞きまくっていました。本人の頭の中の手順を言語化させると、たいてい途中で飛んでいるステップがある。そこを埋めると、急にできるようになる。

この「途中で飛んでいるステップを見つける」作業が、教える仕事の核心だと感じていました。


知識の呪い — 専門家の頭の中で「中間ステップ」が消える

1990年、スタンフォード大学の博士課程だったElizabeth Newtonが、教えることの難しさを示す有名な実験を行いました。後にChip HeathとDan Heathが著書『Made to Stick』で紹介して広く知られるようになった研究です。

実験はシンプルです。2人組になり、一人(タッパー)が誰もが知っている曲を選んで、机を指で叩いてリズムを伝える。もう一人(リスナー)が曲名を当てる。

タッパー側は「これくらい簡単にわかるだろう」と予想しました。平均して50%は当たるだろうと。

実際の正解率は、2.5%。120曲のうち、当たったのは3曲だけでした。

タッパーの頭の中ではメロディが鳴っています。でもリスナーに届いているのは、メロディのない「トン、トン、トン」という音だけ。自分の頭で鳴っている情報を、相手もうっすら持っていると無意識に仮定してしまう。これが知識の呪いの本質です。

日常でもこの感覚、よくありますよね。たとえば高学歴な人との会話で「これは○○の定理だから」とサラッと流されて、こっちは定理の背景がわからないまま頭の中がハテナだらけになる。でも説明している本人にとっては、その定理は思考の前提—つまり「当たり前」として織り込まれている中間ステップなんです。悪気があるわけじゃなく、本当にそこが「説明の必要な場所」として見えていない。タッパー実験のメロディと同じで、頭の中で鳴っている前提を、相手にも聞こえていると無意識に仮定してしまっているわけです。

さらに踏み込んだ研究が、1999年にスタンフォード大学のPamela Hindsによって発表されました。論文タイトルはそのまま「The Curse of Expertise」。

Hindsは、携帯電話の操作を専門家と初心者にそれぞれ練習させた後、「初心者が同じ操作にどれくらい時間がかかるか」を予測させました。結果は明確でした。

専門家ほど、初心者の所要時間を短く見積もる
– しかも、「初心者の気持ちになって」と明示的に指示しても、ほとんど改善しない
– 自分も初心者だった過去を思い出しても、バイアスは消えない

つまり、専門家は「自分が初心者だったときの苦労」を正確に思い出せない。一度スキルが身についてしまうと、その前の状態に戻れなくなる、ということです。

塾講師時代、ベテラン講師ほど「なんでこんな簡単なことがわからないの?」と口にしがちでした。悪気があるわけじゃない。本当に、わからない気持ちが思い出せないんです。


エンタープライズ現場でも同じ構造が起きている

塾を辞めてエンジニアになってからも、同じ現象は繰り返し見てきました。

SIerでJavaやPythonの開発をやっていた5年間、新人研修やチーム内の知識移管の場面で、「知識量が多い人ほど説明が飛ぶ」 という光景を何度も見ました。「まずこのサーバーにSSHで入って」と言った瞬間に、新人は「SSHって何ですか」で止まっている。でもベテランは、新人が止まっていることに気づかないまま、10個先の手順まで進んでしまう。

逆に、教えるのが上手い先輩には共通点がありました。

中間ステップを省略しない(「当たり前」をほぐす)
相手の頭の中の手順を聞く(つまずきポイントを特定する)
具体例を1つ出してから抽象化する(逆ではない)

これは、Hindsの研究で示された「バイアスを自覚しているだけでは不十分」という結果とも整合します。意識ではなく、仕組みで中間ステップを拾いに行く人 が、教えるのが上手い人でした。

塾講師時代の「生徒に手順を言語化させる」作業は、まさにこの仕組み化の原型だったんだな、と今なら思います。


AI時代、「教える力」はどう変わるか

ここまでは古典的な話でした。ここからが本題です。

LLMは知識の呪いを、ある意味で回避できる のではないか、と最近考えています。

というのも、先月Claude Codeで非エンジニア向けのガイドを作るという検証をやっていて、そこで面白い発見があったんですよね。

AIに解説文を書かせると、人間の書いた解説より「中間ステップ」が厚いことが多い。これは、LLMが「初心者のレベル」を明示的に指定すれば、そのレベルに合わせた粒度で出力するからです。自分が初心者だった頃を「思い出す」のではなく、学習データの中にある初心者向け文章のパターンを引っ張ってくる。

人間の専門家は、自分の過去を参照しようとして失敗する。AIは、膨大な「初心者向け文章」のパターンを直接参照できる。構造が違うんです。

さらに踏み込むと、AIが得意なのは説明の粒度調整だけではありません。生徒の答案や対話のログから「どの中間ステップが漏れているか」を構造的に特定する作業—これも、実はAIのほうが得意な領域だと感じています。知識の紐づきの広さでいえば、人間のベテラン講師より漏れなく・速く拾える。塾講師時代、僕が答案を1問ずつ読み解いて「ここで詰まっているな」と推測していた作業は、今ならAIに任せたほうが網羅性が高い場面が多いはずです。

つまり、教える仕事の中の「分析・構造化」のレイヤーは、ほぼAIが上回りつつある。これは正直に認めるべきだと思っています。

そのうえで、AI時代の「教える力」を再定義するとこうなります。

説明の粒度の調整: AIが代替できる
どの中間ステップが漏れているかの構造的特定: むしろAIのほうが優れている
目の前の人の状態を読み、踏み込み方を調整する力: 人間の領域

最後のひとつは、言い換えると「今この人に、何をどれだけ言っていいか」の判断です。落ち込んでいるときに正論を重ねない。集中が切れているときに難しい話を入れない。逆に、乗っているときに一歩踏み込む。こういう機微の読み取りと踏み込み方の調整は、表情・沈黙・声のトーン・関係性の蓄積といった、AIがまだ取り切れない情報に支えられています。塾講師時代、教えるのが本当に上手い先輩ほど、この「今は言わない」「今なら言える」の判断が鋭かったのを覚えています。

教えるのが上手い人の仕事のうち、「中間ステップを丁寧に埋める」「どこで詰まっているかを構造的に特定する」部分はAIに任せられる時代になりました。でも「この瞬間、この人に、どこまで踏み込んでいいか」を読む力は、むしろこれから価値が上がる気がしています。


「教えるのが上手い人」は、バイアスを仕組みで抑えている

まとめると、こうです。

– 専門家は「自分が初心者だったときの苦労」を正確に思い出せない(Hinds, 1999)
– この知識の呪いは、意識しても消えない
– 教えるのが上手い人は、仕組みで中間ステップを拾いに行く
– AIは「平均的な初心者」向けの説明+「どこで詰まっているか」の構造的特定まで得意
– 人間の教え手は、目の前の相手の状態を読み、踏み込み方を調整する 役割に軸足を移せる

塾講師時代、僕が生徒に「今、何を考えて、その答えを書いた?」と聞き続けていた理由が、リサーチを踏まえて改めて言語化できた気がします。あれは、相手の頭の中を覗く作業でした。覗く作業そのものは、これからAIがかなりの部分を肩代わりしてくれます。でも覗いた結果をどう扱うか—いつ伝えるか、どこまで言うか、どう励ますかは、人間にこそ残る仕事だと思っています。

「教えるのが上手い人は何が違うのか」という問いへの、現時点での僕の答えはこうです。知識量でも、言葉選びでもなく、「相手の頭の中の飛んだステップ」を見つけにいく執念と、「今この人に何をどれだけ言っていいか」という感情の機微を読む力。この2つを両方備えている人が、教えるのが上手い人でした。

前者は仕組み化できる部分もあり、AIがかなり肩代わりしてくれる時代になりました。でも後者—人間だからこそ読める、その瞬間の相手の状態を拾う力—は、むしろAI時代にこそ希少価値が上がる種類のスキルだと思っています。


FAQ

知識の呪いは、自覚すれば避けられますか?

研究上は、自覚だけでは十分に改善しないことが示されています(Hinds, 1999)。「初心者の気持ちで」と意識しても、予測の精度はほとんど変わりませんでした。仕組み—たとえば相手に手順を言語化させる、チェックリストで中間ステップを埋めるなど—のほうが効果的です。

AIに教えてもらうのと、人に教えてもらうのは、どちらが良いですか?

状況によります。説明の粒度調整や「どこで詰まっているか」の構造的な分析は、AIのほうが網羅性も速さも上回る場面が増えています。一方、リアルタイムで状態を読みながら踏み込み方を調整する、モチベーションを維持する、信頼関係の中で学ぶ—こういった場面は人間のほうが強い。両方を使い分けるのが現実的だと思います。

塾講師の経験はエンジニアの仕事に役立ちましたか?

かなり役立っています。特に「相手の状態を読んで踏み込み方を変える」習慣は、新人教育、ドキュメント作成、プロンプト設計など、幅広い場面で効いています。教育職とIT職は一見遠いように見えて、「伝える設計」という軸で重なっています。

知識の呪いを抑える具体的なコツはありますか?

3つあります。1つ目は 相手に手順を声に出して言ってもらう。2つ目は 中間ステップを1つ書き出してから、具体例を出す(抽象から入らない)。3つ目は 「これは当たり前だろう」と思ったことほど、一度確認する。どれも意識より仕組みで抑えるアプローチです。

参考ソース

Hinds, P. J. (1999) “The Curse of Expertise: The Effects of Expertise and Debiasing Methods on Predictions of Novice Performance” – Journal of Experimental Psychology: Applied
Chip Heath & Dan Heath “Made to Stick” – Elizabeth Newtonのタッパー実験を紹介
Camerer, Loewenstein & Weber (1989) “The Curse of Knowledge in Economic Settings: An Experimental Analysis” – Journal of Political Economy

この記事が参考になったら

Share